オバートアクト(顕示行為)と予備
【1】 オバートアクトは予備とは違う
もともと心理学に由来し刑法理論で用いられる「オバートアクト」*という概念は、「犯行の意思が実際にあるという推測を助ける目に見える行為事実」のことで、断片的な状況証拠にすぎません。
逆に言うと、「準備を始めたかどうかわからないが、始めていないとも言いきれない段階」でしょう。それは刑法の原則であげた例の(2)から(3)にかけての段階です。
それに対して、予備というのは、「犯罪を犯すために必要な具体的な準備を整えていて、犯行直前だと判断できる段階」のこと。それは
上にあげた(4)の段階です。
個人が犯す殺人の例で言えば、はっきりとした強い動機を持ち、殺す相手の日常の行動パターンを下見して殺人に適した場所と方法を決定し、その上で凶器に使えるジャックナイフを買うという行為をすれば、それはれっきとした殺人予備罪になります。
それに対し、「殺したい」という漠然とした動機しか持たず、まだなんら具体的な計画や下見もなしに、ただジャックナイフを買うだけでは、殺人予備罪にはなりません。ジャックナイフは登山やアウトドアでも普通に使うものですから、それをもって、殺人の準備とは言いがたいからです。でもそれは「殺意」という外からは見えない意思の顕示行為(オバートアクト)と解釈することは不可能ではありません。
【2】 共謀罪のオバートアクト
アメリカでは、オバートアクトが共謀罪の成立要件になっていますが、日本の共謀罪法案でも、これを成立要件に加える修正案が議論されています。
刑法理論で理論的に論じられる「オバートアクト」という概念が、実体法(現実の刑法)で、罪の十分な成立要件として適用されるのは、共謀罪以外にはありません。
共謀罪のオバートアクトには、次のような特徴があります。
・犯罪実行に向けての行為のうちなにか1つ立証できればよい
たとえば、数名のメンバーが「あいつ殺してやろうぜ」と意気投合したあとで、意気投合した仲間の一
人がジャックナイフを買いに行ったらどうなるか。オバートアクトがその場で認定され、殺人の共謀罪が成立してしまいます。具体的な計画や下見をしているかどうかは関係ありません。そのとき、ナイフを買った本人が殺人の意思を持っているどうかはもちろん証明されていません。それでも共謀罪が成立するのです。
・共謀に加わったうちのだれか1人がその行為をすれば十分
・共謀した犯罪が実際に行われるかどうかは関係ない
・オバートアクトに関して他のメンバーの合意は必要ない
またそれは、ナイフを買いに行かず、仲間が買いに行くことすら知らなかった人の「殺意」をなんら示していませんが、そういう人も同罪にされます。
【3】 共謀罪を成立させるオバートアクトの例
7月12日の法務委員会では、大林刑事局長が、アメリカの裁判でオバートアクトにあたるとされたものの例をいくつかあげました。そのなかには、こんな例もありました。
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たまたま入手したニセ札を使う相談をした人が、ニセ札を使う際のリスクを仲間に説明する行為が、「偽造通貨行使の共謀罪」のオバートアクトになるというのです。これでその人たちが本気でニセ札を使うつもりなのか判定できるでしょうか。
「偽造通貨行使罪」は、無期または3年以上の懲役という、重い刑が課せられる罪ですから、その共謀罪は、5年以下の懲役となります。
*英語のovert actは「オバートアクト」に近く発音されるのでこの文章ではそう表記していますが、「オーバートアクト」と発音され、表記されることもあります。
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