Q3 どのような行為が,組織的な犯罪の共謀罪に当たるのですか。
一般国民にとって危険なものではないですか。
(法務省の答え)
「組織的な犯罪の共謀罪」には,法律の明文上,以下のような厳格な要件が付されており,例えば,暴力団による組織的な殺傷事犯,いわゆる振り込め詐欺のような組織的詐欺事犯,暴力団の縄張り獲得のための暴力事犯の共謀等,組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪の共謀行為に限り処罰することとされていますので,国民の一般的な社会生活上の行為が共謀罪に当たることはありません。
すなわち,新設する「組織的な犯罪の共謀罪」では,第一に,対象犯罪が,死刑,無期又は長期4年以上の懲役又は禁錮に当たる重大な犯罪に限定されています(したがって,例えば,殺人罪,強盗罪,監禁罪等の共謀は対象になりますが,暴行罪,脅迫罪等については,共謀罪は成立しません。)
第二に,「組織的な犯罪の共謀罪」には,
@ 団体の活動として犯罪実行のための組織により行う犯罪(暴力団による組織的な殺傷事犯,振り込め詐欺のような組織的詐欺事犯など)
又は
A 団体の不正権益の獲得・維持・拡大の目的で行う犯罪(暴力団の縄張り獲得のための殺傷事犯など)
を共謀した場合に限り処罰するという厳格な組織性の要件(注)が課されています(したがって,例えば,団体の活動や縄張りとは無関係に,個人的に同僚や友人と犯罪実行を合意しても,共謀罪は成立しません。また,犯罪実行部隊のような「犯罪行為を実行するための組織」を持つことのない市民団体や会社等の団体に属する人が共謀したとしても,共謀罪は成立しません。)
第三に,そもそも「共謀」とは,特定の犯罪を実行しようという具体的・現実的な合意がなされることをいいます(したがって,単に漠然とした相談や居酒屋で意気投合した程度では,共謀罪は成立しません。)
(注)組織的犯罪処罰法における組織的な殺人等の加重処罰の場合と同じ要件であり,実際の組織的犯罪処罰法の組織的な殺人等の適用事例も,@暴力団構成員等による組織的な殺傷事犯,賭博事犯,A悪徳商法のような「詐欺会社」による組織的詐欺事犯及びB暴力団の縄張り獲得,維持のための業務妨害,恐喝事犯等に限られています。
(私たちの疑問点)
この法案には「組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪の共謀行為に限り処罰する」ということは書かれていません。
1.【対象となる犯罪】
最高刑(犯罪に対して定められた刑のいちばん重いもの)が4年の懲役又は禁錮であれば、「長期4年以上の懲役又は禁錮に当たる」罪に入ります。(新聞報道では「長期」の意味である「最高刑が」の部分を外す誤った解説が目立ちます)
ですから、一般には「重大な犯罪」とはいわないような多くのものが対象に含まれてしまいます。
たとえば
選挙演説の邪魔をする(4年以下の懲役)、選挙ポスターに落書きする(4年以下の懲役)、著作権侵害(5年以下の懲役)、無免許で酒をつくる(5年以下の懲役)、相続税逃れ(5年以下の懲役)、万引き(10年以下の懲役)、傷害(15年以下の懲役)などなど・・・。
こうした犯罪をしようかと相談して合意したとみなされれば、罪に問われるのです。合意があったかどうかを調べるために捜査が必要となりますから、漠然と相談しただけで捜査され、容疑者にされるおそれはぬぐえません。
2.【組織的犯罪処罰法の組織的な殺人等の加重処罰の場合と同じ要件だからだいじょうぶ?】
法務省のこの説明では、「共謀罪についても、組織的犯罪処罰法が対象とするような恐い組織でやる犯罪に限定しているから、ふつうの人には関係ないですよ」と強調しているわけですが、これがまやかしであることは組織的犯罪処罰法と共謀罪の違いを見れば明らかです。
・組織的犯罪処罰法の場合は、対象となる犯罪が次の11に限定されています。
(常習賭博、賭博場開張等図利、殺人、逮捕及び監禁、強要、身の代金目的略取等、信用毀損及び業務妨害、威力業務妨害、詐欺、恐喝、建造物等損壊)
・組織的犯罪処罰法の場合は、罰せられるのは、じっさいに犯罪行為を行ったときです。
・犯罪を行う準備をした段階で罰せられるのは、殺人と営利目的誘拐の二つだけです。
ところが、共謀罪の場合、600以上の犯罪が対象となっています。
しかも、じっさいに行為をしないどころか、準備もしていない段階で罪となります。国会では、いったんやろうという合意ができて、あとでやめることにしたとしても処罰の対象となる、という答弁がありました。
3.【組織的犯罪処罰法は暴力団のような組織的犯罪集団にしか適用されない?】
そんなことはありません。弁護士であり、現職の国会議員でもある西村真悟氏は、弁護士法のほかに組織的犯罪処罰法でも起訴されました。
組織的犯罪処罰法の立案にかかわった法務省の担当者たちが書いた解説書(三浦ほか著『組織的犯罪対策関連三法の解説』法曹会)には、「『団体』は、暴力団その他犯罪の実行を目的とするものには限定されない」「例えば、会社が対外的な営利活動により利益を得ることなども、『共同の目的』に当たり得る」と書かれています。
また、民主党の平岡秀夫議員が出した質問主意書への政府答弁(2005年11月11日 答弁第67号)では、官庁も共謀罪の対象となりうると認めています。
会社も組合も市民団体も例外ではありません。
4.【「共謀」とは】
法務省はここで「共謀」とは「特定の犯罪を実行しようという具体的・現実的な合意がなされること」だから、単に漠然とした相談では共謀罪は成立しないと説明しています。
では、「漠然とした相談」と「特定の犯罪を実行しようという具体的・現実的な合意」とは、どのような基準で区別されるのでしょうか。
これについて、政府は「具体性,特定性,現実性を持った犯罪実行の意思の連絡があること」が必要だと繰り返しいっています。
なんとなくしっかりとした基準のように聞こえますが、その中身はどういうことなのでしょうか。
国会では、「共謀罪」の「共謀」の概念は「共謀共同正犯」における「共謀」の概念と同じだという答弁がなされています。
「共謀共同正犯」というのは、二人以上の人が、特定の犯罪を犯すことを共謀し、その中の一部が犯罪を実行した場合に、実行に直接加わらなかった人も含めて共謀した人全員が共同正犯として罰せられることです。
「共謀共同正犯」で、共謀(意思の連絡)の概念はどんどん広がる傾向にあり、最近では、暗黙の了解があれば「共謀」(意思の連絡)があったとみなされるようになっています。どういう場合に暗黙の了解があったとするかは、日ごろの
人間関係や犯罪の性質、内容などを考慮に入れ、裁判官が総合的に判断します。これは、つまり、裁判官の主観が重要な要素になるということを意味します。「共謀」が行われた時や場所を特定できなくても共謀があったと認めた場合もあります。
政府は、共謀共同正犯と同じように、暗黙の了解で共謀罪が成立する場合があると認めています。一同に会した話し合いがなくても、計画を知っていて黙認しただけでも、あるいは、目配せをしただけでも、共謀罪が成立する可能性があるともいっています。
共謀共同正犯では、少なくとも一人が犯罪を実行してはじめて犯罪が成立します。
これに対し、共謀罪は、特定の犯罪がまだなにも実行されていない段階で成立してしまいます。
その中心となる共謀(意思の連絡)が暗黙の了解で十分だとすると、「共謀罪の成立」は捜査官や裁判官の判断次第となるおそれが生じます。
“漠然とした相談では共謀罪は成立しないから安心”とは言えないのです。